映画の日と黒猫の映画
12月1日は映画の日だ。
1896年11月25日から12月1日にかけて、エジソンが開発したキネマトスコープが、初めて神戸で上映されたから、そんなわけで、12月1日は映画の日と決まっている。
2020年12月1日。
正真正銘、映画の日に、神戸のお隣塚口の塚口サンサン劇場にて、私は「羅小黒戦記」と出会った。
寒い日だった。
そのときには、年末に仕事を解雇されることが決まっていた。その年に全世界を襲った感染症の影響、つまるところがコロナ切り。
お金もないし、夢もないし、今後どうなるかなんて、誰にもわからなかった、そんな12月1日。どうせ仕事は暇だから、その日は平日だったけれど有給休暇を取った。
私なんて、いてもいなくても、どっちでもいい職場だった。
映画の日だ。
映画が好きだから、何か一本見に行きたいけど、こたつからは中々出られなかった。
前々から少し噂では聞いている、黒猫の映画を見に行きたいなとは、数日前から考えていた。
こたつでゴロゴロしながら、迫る上映時間を気にしつつも、やめようかななんて気分にもなる。だって外は寒いし、こたつはあったかいし、来月には仕事もなくなる。
ろしゃ、ええと、ろしゃなんとか、てタイトルなんです、と一緒にこたつで横になっている同居人に話しつつも、どうするかなあとゴロゴロ、ゴロゴロ。
冬の日が落ちるのは早い。段々と暗くなっていく外の気配を感じつつ、やっぱり、行こうと決めた。
だって、映画の日だからだ。
これが、たとえば7月1日とか、11月1日とか、他の1日の映画の日にちなんだ割引デーなら、行かなかったと思う。
でも、12月1日なのだ。
正真正銘の、映画の日だ。
だから、面倒に思いつつも、服を着替えて家を出た。塚口まで電車で移動して、駅からすぐのサンサン劇場を目指す。
平日だったから、お客さんは少なかった。
私は基本的に前情報は一切入れずに観るタイプだから、今回もそう。黒猫の映画、としか知らなかった。最初の印象を大切にしたいからだ。
開演時間になって、他の映画の予告編が始まる中。アクシデントは起こった。
なんと、羅小黒戦記の予告が流れたのだ。
羅小黒戦記をこれから観るのに。
一切、前情報は入れたくないのに。
これは恐らく劇場側のミスだったのかも、と思うが、私は驚いて、思わず目を瞑って下を向いた。これから観る映画の予告を観るってこれはなんの地獄?
目を閉じても音は聞こえる。なんか、ほのぼの映画だと思ってたのに、戦闘音が聞こえる。なんで!? と驚きながらも予告は終わり、本編が始まった。すごく悔しかったし、怒りが湧いた。
劇場に一言、予告が流れたんですけど…と言って帰ろうと思った。
結論から言えば、
そんなこと、できなかった。
単純に、面白かった。呆然と釘付けになって、途中で腕を組み直したのを覚えている。なんだろうこの映画、面白い! と感じて、そこから終わるまで動けなかった。終わってほしくない、ずっとこの映画の世界の中にいたい、という感覚を久々に思い出させてくれた。愛に溢れた、これがやりたい、という作り手の挑戦と夢と、それから日本アニメに対するリスペクト。考え抜かれた設定とキャラクターデザイン、どこかで見たことがあるような懐かしさと全く見たことのない新しさ。戦闘シーンの目まぐるしさ、完璧なカメラワークと豊かな色彩、それをバックアップする音楽。
こんなにいい映画に出会うために、私は映画を観続けてるんだ、それを思い出させてくれた。
もちろん予告に関してのことなど完全に頭から吹っ飛んで、帰り道のことはよく覚えていない。
そこからは早かった。
ネットで情報をかき集めた。私が遭遇したあの素晴らしい映画について。webアニメがあることを知った。スピンオフの漫画があることを知った。たくさんの二次創作があることを知った。
貪るように情報を集めて、アニメを見た。
3日ほど経った時、再び映画館に駆け込んでいた。
あの頃はまだ、シネコンでも上映がされていて、4DXもあった。2回、3回と観て、同時にアニメも漫画も一週間かけて吸収した。
胸がどきどきしっぱなしだった。
仕事中もずっとどきどきしていた。
素晴らしい作品に出会えた喜びと興奮で毎日が楽しく、ツイッターは羅小黒戦記関連の情報、二次創作のリツイートまみれになった。
それから、有休消化のため、私は12月半ばに退職をした。
晴れて自由の身である。次の職探しなんて、しなかった。仕事に関しては絶望していたし、もう少し求人が増えてから動こうと思って。そう、あの頃は本当に、求人がなかったのだ。
もう開き直って、平日の空いた時間帯に、映画館に通いつめていた。
結局、2021年12月1日現在までに、通算23回、映画館で羅小黒戦記を観た。
もともと好きな映画は3回は観る人間だし、今まで一番多かったのは5回だったのに、記録は大幅に塗り替えられて多分これからも破られることはないと思う。
12月末頃から二次創作にも手を出して、現在までに、書いた文字は約63万文字。
遅筆だった私にしてはとんでもない量である。
常に書いていないと落ち着かなかったし、どんどんネタが出てきて、書きたいものが多すぎて、イライラだってした。今でもしている。
小説なら小学校低学年の頃から書いている。でも、こんなことは初めてだった。
作品そのものの世界観と、キャラクターたちの奥深さに魅せられ、彼らのことを知りたくて、自分なりに色々考えて、彼らならこう動く、とか、こう話す、とか、妄想の具現化でしかないけれど、自分なりの作品への愛をぶつけた。
もっと深く、掘り下げたくて。
その延長でたくさんの方に拙作を読んでいただき、感想までいただいたのは本当に幸運だった。
無事仕事が見つかって再就職してからは、お金が手に入った! ということでグッズ愛である。
コンスタントに出てくるグッズ。欲しいものはぽんぽん買って、今では飾る場所がなく、箱の中に入れたままのものもある。
初めて中国から個人輸入もした。
グッズを買うために働いていると言っても過言ではない。クレジットカードの請求額に毎回ぶっ飛んでいる。
中国語の先生を見つけて、レッスンも始めた。
友達だってできたし、同人誌も出したし、東京に遠征もしたし、今度、初めてイベントとアンソロジーの主催をやる。
これが狂っていないと言うのなら、何を狂っていると言うのだろう。
この一年、辛いこともたくさんあったのに、おおむね楽しかったと言えるのは、羅小黒戦記のおかげ。
コロナ禍の中の救いの光。
もし出会っていなかったら、どうなっていたかなんてわからない。
あの日、映画館に行ってよかった。
これからも、ずっと好きでいたい。
好きという気持ちの原動力と素晴らしさを、思い出させてくれてありがとう。
私にとって12月1日は、あなたと出会った日だ。